- 医学博士
- 日本感染症学会専門医・指導医
- 日本内科学会認定医
- 日本化学療法学会抗菌化学療法認定医・指導医
- 日本感染症学会推薦 ICD(Infection control doctor)
- 日本エイズ学会認定医
- 日本医師会認定産業医
- 臨床研修指導医(厚生労働省)
- 身体障害者福祉法指定医(免疫機能障害)
KARADA内科クリニック渋谷院長の田中です。今日はマッチングアプリと性感染症ということでお話します。
この関係について触れるにあたり、最近増加している梅毒のお話をまずさせてください。
一般的なニュースでもよく最近取り上げられるのが「梅毒の増加」です。梅毒は感染症の一つ、性行為によって感染する性感染症の一つであるということ強調させていただきます。
さて、増加と言っても現在どの程度のものなのか、少し触れておきましょう。10年以上前から、感染者は増え続け、2020年のみ減少(おそらくコロナの影響で医療機関や保健所が対応しきれなかった)に転じるも、過去最大の患者数をこの数年は更新し続けている状態にあります。
毎年1万人以上の方がこの国で新規発症しているという状況は中々インパクトがあります。大きな課題として感じているのが、患者さんが増えてきている明確な原因はいまだにわかっていないと言うことです。このような状況から、増加の原因究明とそれに伴う対策が必要な状況に迫られております。
梅毒を医師が診断すると、発生届を役所に報告する義務があります。発生届とは、感染症法に基づいて、対象の感染症を診断した際に届出ることで、感染症の発生や流行を探知することができ、蔓延を防ぐための対策や医療従事者・国民の皆様への情報提供に役立てられます。
全ての医師が届出を行う感染症(全数把握)と指定した医療機関のみが届出を行う感染症(定点把握)があります。梅毒は全数把握が求められる感染症であり、5類感染症というカテゴリーに属し、診断後7日に届出を出すことになっております。
この梅毒の発生届が令和6年1月1日より梅毒の発生届の内容が改訂されました。これは発生届の目的からも梅毒増加への対策と考えて良いでしょう。
改訂の中で注目すべきは、(今回罹患した心当たりのある)性的接触のあった相手についての項目です。
上記6項目からの選択する形の問いが、発生届の中に組み込まれました。
前置きが長くなってしまいましたが、国も梅毒増加と向き合うに際して、SNSや出会い系サイトで知り合ったその場限りの人、つまり、マッチングアプリを利用に基づく出会いを懸念し始めたことが示されていかると推察します。
梅毒を日々診療している立場の医師としても、当然この観点は重要な要素だと感じております。梅毒のみならず性感染症とマッチングアプリの活用は何らかの因果があるとよく医師同士で話題になっているところでした。その実態解明のためにも、今回の発生届改訂によってリスクある性的接触の相手との出会いの形態として、マッチングアプリに関するデータが今後も注目されていくことでしょう。
実際に現時点で国内外の過去の研究報告の中で、マッチングアプリの利用と性感染症の増加について触れている文献を確認することができます。
例えば、国外では携帯電話やインターネットの活用そのものが性感染症を増やすという論文(Sex Transm Dis. 2017;44(5):284-9.)やマッチングアプリの活用が性感染症を増やすという論文(Sex Transm Dis. 2018;45(7):462-8.)もありました。
いずれも男性同性愛者間での研究結果となっておりますが、その活用と性感染症の関連を示唆するものでした。携帯電話やインターネットの活用は本邦では性的活動のある年齢層のほとんどの方が所持している現状があるので、所持している方とそうでない方のリスクの比較は本邦では意義深いものではないかもしれませんが一方で、アプリの活用には注意が必要なのかもしれません。
また、国内からも2020年に梅毒発生率とマッチングアプリのダウンロード率との相関を見た論文があります。(JMA J,3(2):109-117,2020.)この論文では、梅毒の発生率と大手3大アプリのダウンロード率/外国人住民数が統計学的にも有意に相関があると報告されておりました。梅毒増加の要因としてマッチングアプリの関連が国内で初めて指摘されております。
この辺りの報告は、現場の診療の感覚と合致するところであり、私としては非常に腑に落ちるところでもありました。一方で、まだまだ本邦を対象とした、あるいは疾患別、つまりどの病気がマッチングアプリで罹患しやすいのか/どの程度の他の出会いと比してリスクのある行動なのかなど網羅的に検討されている報告はまだあまりありません。したがって、今後発生届の改訂によるデータの収集や今後のその他の研究によって明らかになることも期待したいです。
実際に自身として登録や活用経験なく、仕組みを十分に理解できない側面もあり、リアリティーを持って警鐘を鳴らすことにつながらないかもしれません。ただし、医師としては性感染症診療に従事しているとこの利用による感染者は日常的に見かけており、懸念を抱いているところです。どれほどマッチングアプリが日本で活用されているものなのか今回のブログを書くまであまり把握しておりませんでしたし、ヨーロッパ在住の友人がマッチングアプリの活用でPartnerとの出会えたとの話を聞いたりする中で、海外での利用が主流だろうとどこかで思っていた節も正直ありました。
そのため、日本での登録者数を確認してただただ驚いてしまったのですが、現在日本の大手3大マッチングアプリ第1位ペアーズ2000万人、第2位タップル1700万人、第3位Omiai700万人とかなりの登録者数があるとのことです。これだけ多くの利用者がいると、逆に活用そのものがリスクなのかどうかも疑問をもつところですが、アプリの利用と性感染症発生の程度など今後も感染症専門医として注意深くフォローして参りたいと思います。また、当院からもそのリスクについて学術的にも何らか発信できればと考えております。
マッチングアプリの利用は、あるコミュニティーにおいて性感染症罹患リスクがあるかもしれないという根拠が出つつあります。また、その可能性を考慮して、梅毒を筆頭に本邦でも調査が始まっております。具体的に、どの感染症において、どの地域において、どのような特徴の方々においてリスクがどの程度あるのか、これらはまだ十分には分かっていない領域です。梅毒発生届の改訂を皮切りに、本邦の‘マッチングアプリと性感染症’のことが明らかになり、利用者が安心して活用、また、医療者も利用者の早期診断治療に導くことができるようになると良いかと思っております。